中国のキリスト教

皆様、誠にお久しぶりです。なんと4ヶ月以上も更新をサボってしまった。。。
8月27日放送の「報道ステーション」~中国に急増する地下教会~をご覧になりましたか?
私は見てないのですが^^;、大体の内容を他のブログ等で知ることができました。その内容を見ていて、「あら~先日私がしゃべった内容と似ているわ」とちょっとびっくり。
実は私、今年6月に、今通っている佐世保教会というところで、「中国のキリスト教」という題目で公演(?というほどのことでもなく、、、ちょっとしゃべっただけなんですが)したんですね。このニュースに興味を持った方もいるかもしれませんので、ご参考に掲載してみます。ただ、ニュースの内容と違う点はあるでしょうが、これはあくまでも私感なので、そこのところはご了承のほど。

「中国のキリスト教」(佐世保教会2008.6.15 アジアサンデーにて)
本日、皆様の前でお話しさせて頂けること、とても光栄に存じます。
今日は中国のキリスト教についてお話しさせて頂きたいと思いますが、私は宗教の専門家ではないので、不正確なところもあるかもしれません。それに関してはお許し頂いて、現代の中国のキリスト教と中国人のキリスト者について、私の知っている経験の範囲で少しお話させて頂きたいと思います。

中国は、皆さんご存知の通り、共産主義つまり無神論を奉じている国ですから、中国にはキリスト者が少ないのではと、多くの方々は考えておられるかもしれません。実際、中国共産党は、「宗教は民衆のアヘンである」とのマルクスの言葉を踏襲して、宗教全般を否定し続けてきましたし、1960年代に始まった文化大革命によって、すべての宗教は徹底的に批判され、迫害されました。特に「外来の」キリスト教には過酷な弾圧が行われ、殉教したキリスト者も少なくなかったと聞きます。最近でもチベットでの弾圧の問題など、中国における人権侵害や信教の自由に関する問題について、特に西側諸国から批判されているのをお聞きになっている方もいるかと思います。しかし近年の中国の宗教に対する対応には変化が見られるようになり、地域によっては若干事情が変わってきたようです。

その変化についてご説明する前に、まず私自身の体験談を少しお話しさせて頂きたいと思います。私にとって中国人のキリスト者は、私自身の信仰生活と切っても切り離せない、密接な関係にあります。彼らとは主に、日本に留学や仕事に来ていた在日中国人たちです。お話は10年近くも前に遡ります。
当時私は、とある教会で洗礼を受けて数年経っていたにもかかわらず、信仰生活にも社会生活にも迷いが尽きない日々を送っておりました。そんな私に、突然、中国人の姉妹、陳さんとの出会いが与えられました。ある書店で中国語に関する書籍を探していた私に、「中国語が好きなら友達にならないか」、と、その見ず知らずの彼女が声をかけてきたのです。話をよく聞いてみると、そこにいた数人の中国人たちは皆、あるキリスト教の教会に通っており、彼らの教会では日本語の説教を中国語に通訳して聴いている、というのです。彼らは自分達の家で行われるパーティや、彼らの教会の礼拝にきてみないかと誘ってくれました。中国語を学び始めたばかりの私にとって、それはとても魅力的な誘いでした。
結局私は、もといた教会から彼らの教会に移り、たくさんの中国人キリスト者の友人を与えられることになりました。そしてそれと同時に、聖書に触れる機会も増え、迷いに迷っていた私の心にも、ある種の確信が与えられるようになりました。
数年後、陳さんや私、その教会の中国人キリスト者の大多数は、それぞれ他の教会に移ることになりましたが、陳さんや幾人かの姉妹とは今でも交流が続いています。またあの当時、イエス・キリストや聖書について熱く語り、行動していた彼らの信仰は、今でも忘れられない、強い印象を私に残しています。祖国に帰れば教会で礼拝するどころか、迫害される危険性を孕んでいるにもかかわらず、いや、だからこそ、彼らの信仰は熱く、強いものとなっているように感じました。彼らの情熱は、日本で生まれ育ち、自由な生活を満喫している私には、到底及びもつかないほどの力をもって、私に迫ってきました。幼い頃からマルクス主義や唯物論を学んでいる彼らが、その理論に失望し、なおも熱心に真理を追い求める姿には、強く心を揺さぶられました。
その教会は中国大陸にも分教会がありましたが、中国当局に認可されていない、地下教会というものでした。陳さんたちを通じて、私も地下教会に所属するキリスト者とも交流しましたが、彼らは逮捕や拘留されたこともあった、と話してくれました。その人の話では、地下教会の宗教活動は公にはできないので、個々の家庭に集まって礼拝を守っており、伝道もなかなかできないということでした。彼らとのインターネット上のメールのやりとりでも、一時は中国当局による検閲のため、用いる単語にも配慮するなど、気を遣うこともありました。

ここで、少し中国当局の宗教に対する姿勢についてご説明したいと思います。
1954年に公布された中華人民共和国憲法では、信教の自由を規定してはいました。しかしその後の文化大革命によって、大迫害を受けたのは先に述べた通りです。その後、1982年に憲法が改正された際に、改めて信教の自由について認められるようになりました。しかし、これには中国共産党による「認可」が必要となります。まず現在、中国で公認されている宗教は道教、仏教、イスラム教、キリスト教・プロテスタント、キリスト教・カトリックの五つの宗教です。公認宗教は公開の礼拝所での礼拝を許されており、共産党の愛国主義的な指導を受け、国家宗教事務局という機構により管理されています。そして、実際に教会堂の建設を行ったり、宗教活動を行ったりすることが可能なのは、政府に登録して認可を受けた教会のみで、それぞれの宗教の活動は、この国家宗教事務局が認定した場所と時間に、認定された聖職者によって執り行われなければならないそうです。公認教会で作成された信徒名簿は政府に提出され、すべての信徒が把握されているとのことでした。また、未成年者への宗教教育は禁止されており、幼児洗礼も禁止であるそうです。中国の国民は幼稚園から大学まで、みっちりマルクス主義の唯物論を学ぶのだそうです。
法律上での信教の自由とは、先に述べた公認宗教及び教会のみについての自由であり、それ以外の非公認宗教及び教会は「邪教」とされ、弾圧が正当化されています。この弾圧の対象となるものの中には、中国と国交を断絶している、バチカンに追従するカトリック組織も含まれています。弾圧というのは、公安当局に逮捕や拘留されたりするほか、「法輪功」のような政府に批判的な団体などには、投獄、拷問、処刑も行われたりしているようです。

しかし、先ほど述べたように、現在ではこの状況も地域によっては若干変わってきているそうです。
4年ほど前から、上海に住んでいる陳さんからの話です。上海の地下鉄の車中、大勢の他人の目がある中で、キリスト者たちが聖書を開いてシェアしていたり、賛美歌を練習したりしている様子を見たことがある。日本人向けのフリーペーパーで、日本語での家庭礼拝のメンバーを堂々と募集する広告がある。また彼女は、今通っている国家公認のプロテスタント教会の説教で、浙江省温州という人口約800万人の都市に、イエスを信じる人が80万人もいるという話も聞いたことがあるそうです。
それ以外にも、今まで書店では販売を許されず、教会内でしか手に入らなかった聖書も、上海ではキリスト教専門書店がオープンして、そこでも販売されているようでした。
 ただし、この「信教の自由」の実態は、各地域によってかなり大きく異なっているという話を耳にします。宗教局がほとんど干渉せず、公認・非公認に関係なく、公然と教会が運営されている地域もあれば、わずか数人の集まりでも厳しく禁止され、公認教会であっても教会堂の破壊や信徒の逮捕など、迫害を受ける地域もあるといいます。こういう状況は、中国は「法治」国家でなく、「人治」国家である、といわれる所以なのだろうかとも思います。

それでは中国には現時点で、どの程度のキリスト者がいるのでしょうか。
これには諸説ありまして、2002年の中国政府の発表では、カトリック信徒500万人、プロテスタント信徒1600万人となっていました。しかし例えば、ブリタニカ国際年鑑の最近のデータでは、すべてのキリスト者は中国の全人口の7%から7.5%の9100万人から9750万人であるという情報や、他にも最多では既に1億3000万人に達しているという情報もあります。さらに、その人数の8割から9割が政府非公認の地下教会に所属するキリスト者である、という話も聞きました。
中国の全人口が13億人として、仮にキリスト者が1億3000万人いたとすれば、キリスト者は全人口の10%にも上り、中国はアジア屈指のキリスト教国ということになります。しかしこの数は、先ほど述べたように諸説あり、確証できるものはありません。ただ政府の公式発表でも1980年代には30万人といわれていたプロテスタント信徒が、2002年には1600万人にまで増加していますし、先ほどの陳さんの話などからも、近年、特にプロテスタント信徒の増加が著しいことは事実のようです。日本のキリスト者は全人口の約1%、130万人ほどといわれていますから、少なく見積もっても日本より随分多いのではないかと思われます。
キリスト教信徒の増加の理由としては、都市と農村では若干異なるようです。教育水準の高い都市の人々にとって、かつては理想であった共産主義に対しても、ソ連の崩壊や市場経済化などを経て失望を感じ始め、新たな心の支えを求めるようになっている。また一方、農村では共産党の影響力低下に加えて、洪水や地震など災害が相次いでいることを、共産党の時代が終わる予兆と信じている人々が増加しているということでした。
さまざまな情報から判断すると、自由主義国家のような宗教的自由はありませんが、ある制限下での信仰の自由はあり、キリスト者人口が増えているというのが、現状ではないかと思いました。中国はアメリカから、ほとんど毎年のように「信教の自由」が守られていないと厳しく批判され続けていますが、それなりに変化はしているようです。まだまだ不十分であることは違いありませんが、キリスト教会に関して言えば共産党の批判をしない限りは、ある程度の活動を認められているようです。
ただこういった中国当局の変化も、宗教全般を潜在的な反政府勢力と見なしていた従来の体制が変わったというより、北京オリンピックや上海万博などを控えた、今後の中国の発展のため、海外からの批判をかわすために、一時的に規制を緩めているだけに過ぎないのでは、という気もしています。

また、地下教会に属するキリスト者たちには、
「政府公認の教会は、公の言いなりの教会である」
「政府公認の教会では、聖書の真理は語られていない」
「中国の国旗と国歌はキリスト教教義と相反する」
「中国の民主・自由化を実現しなくてはならない」
という意見の者も、少なくないらしいことも耳にしました。
しかし仮に中国が、民主・自由化されたとしても、それは弱肉強食的な資本主義へと進む道でもあるのでは、とも感じています。それが正しい道であるかは誰にも分からないし、中国には全く違った道もあるのでは、とも思います。ただ、中国のどの地域であっても、どんな戸籍を持っていても、どんなコネを持っていなくても、常にすべての中国人が同様に、基本的人権と信教の自由を守ってもらえる国になればいいと、心から祈るばかりです。

最後に、中国の姉妹陳さんたちとのエピソードをもう一つご紹介します。
実は陳さんは台湾人で、後に上海の人と結婚して上海に移り住んだのですが、以前に所属していた教会には、大陸出身の中国人、台湾人、香港人、マレーシアの華僑など、さまざまな中国系の兄弟姉妹がおりました。
どこの国籍を持っていたとしても、彼らはみな、非常に仲が良かったのですが、時々、「台湾は中国か」という問題でケンカもしていました。しかしそんなときにはいつでも、皆で祈りあって仲直りをして、許しあっていました。私はそんな彼らの姿に、「神の国」を見た思いがしたのを、今でも深く心に残っています。
日本人である私が、彼らとの関係性において国境を感じることがなかったこと、神様にいつも感謝しています。ご清聴ありがとうございました。

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# by saiko-ch | 2008-09-01 10:33 | 中国語聖書